CreativeWorth 2018 1月号

あけましておめでとうございます。今年はかなり変化の年で、長年の夢だった個人事業が廻るようになるかもしれない、と言う1月1日での予想です。どうなるか、正月明けてみないとわかりませんけど。

【意見1
2018年のAppleとMacintoshに思う事。Think differentは今もそうでなきゃ

写真、上記の本をご存じの方は昔からのAppleとMacintoshユーザーの方でしょう。先日、掲示板でiPhoneで縦書きのテキストをセブンイレブンのマルチコピー機から出力したい、と言う技術的サポートを行いまして、結果は、iPhoneでの縦書きはPDFに出来なさそうなので、プリント出来ないようだ、と言う事になりました。そのiPhoneユーザーさんは、パソコンも出来ない、USBメモリも持っていないようだけどiPhoneは使える、と言うレベルの人のようでした。そこで振り返るのは、Appleと言うメーカーとMacintoshというプロダクトと、関わってきた自分の時間という事でした。小学生の頃、NECのTKー80が欲しかった小学生は、シャープのポケコンPC1245でBasicをかじり、高校生の頃はパソコン欲しかったけど買えなくて、ファミコンやってて、確か高校生の時、大宮のキヤノン販売の01ショップって言った店で初めてMacintoshplusをさわり、そのモノクロモニタに憧れました。高校卒業して、ブラブラしながら銀座のイエナ書店で、Macworldの洋書を購入し、MacintoshⅡとSEの記事で興奮し、数年を経てデザイン事務所でⅡciを弄ったのがMacintoshのエバンジェリストとしての始めでしょうか。Macintoshに踊った1990年代でしたが、東京の出版の工程がデジタルにゆっくり置き換わっていくその本流には乗り切れず、埼玉の田舎の印刷屋で、それでも金はあったので、潤沢にPowerMacintoshなど使い、出力の客ほしさに、春日部近辺のデザイン屋や印刷屋などに、無料の講習などして、その頃が人生で一番輝いていた時期かもしれません。1994年、日本にインターネットのとっかかりが出来て、1995年に雨後の竹の子の様にインターネット接続プロバイダが出来て、とwindows95が発売され、数年後に「IT革命」と呼ばれる時代に突入して、DTPだけでなくITでWEBでと、時代の圧倒的な奔流の中で自分の立ち位置がわからなくなった時期でもありました。1998年のMacworldEXPOなんてのが幕張メッセで毎年やっていましたが、そこで写真の「クレージーな人たちへ」と言う冊子を購入して、本棚に閉まったままでした。今から20年前の冊子になりますか。iphoneユーザと接して、1990年代のAppleユーザーと今のAppleユーザーとを比較して、自分なりの今のAppleへの提言としたいと思い、この意見を書いています。
90年代のMacintoshユーザーと00年代からのユーザーの違いは何だろう、と言うと、ジョブス有りか無しか、なんですが、ここで一番いいたいことは1990年代のAppleとMacintoshユーザー立ち位置というのは等列だったように思うんです。ジョブスはappleを一旦追い出されますが、そのMacintoshを抱えて、ユーザーとメーカーの関係がどのパソコンメーカーよりもユーザーの意見や布教に対する情熱などが1990年代のAppleとマカーの時代だったように思います。今も振り返ると未成熟なネットのホームページに六色リンゴのロゴの「Made by Macintosh」などのバナーが誇り高く掲載されていたのが1996年くらいから2001年くらいにかけてでしょうか。やがて、Appleは幻の次世代OSのコープランドなどで躓き、経営難に陥るのですが、そこでジョブスがやってきて、六色リンゴからモノクロのモノトーンリンゴに変わり、やがてiPodが発売され、OSもNextstepの移植である、MacOSXになり、プロダクトも一定のデザインの筐体になっていき、やがてiPhoneで大きな成功を収め、iPadや時計など、であっと言う間に2018年に成り、その途中でジョブスが死亡し、今はティム・クックと言う人がCEOやっていますが、自分には仏教の哲学の保持者として、ジョブスの「禅」のプロダクトに全く縁がありませんでした。2002年に、もうMacintoshのエヴァンジェリストやめようと思い、久喜の印刷工場の悲惨な現場で統合失調症がひどくなり、それが安定するまでに随分時間が掛かりました。ジョブスは「禅」の思想でアップルを立て直し、時価総額で世界一の会社にしましたが、私は全く興味が無かったです。スマホ一つとっても、別にアンドロイドでいいし、何故に日本人はiPhoneになびくのだろうと、思うと、そのiPhoneユーザーにたいするお節介なまでの布教で、90年代はそういや日本にはAppleとMacintoshの布教に情熱を燃やしていた、時代の受け手がたくさん居たからだな、と思うのです。90年代、「あの人はMacでこうイノベーションしていた」とか「アップル製品というのは難しい知識が無くても操作できるらしい」という、実際、Macintoshというのはwindows95と比べると緻密でユーザフレンドリーなOSでした。OSXになってからは基本unixですから、大学関係者にも「GUIの非常にすぐれたUNIX」という受け方だろうし、今も開発系はMacOSXがいいと言います。私は昔ならUNIX使える、と言う事でOSXを継承しても良かったのですが、新しいMacを買う金が無いと言う事態で、運命的なのは「禅」に縁が無く「法華経」に縁すると、今のと言うかジョブス・プロダクトには何も影響されることがなく、windows10でオッケー、アンドロイドでオッケーになります。もう1990年代や2000年代のように縦方向にAppleが引っ張る必要は無く、より横方向に広がった、多様な地域や人にデバイスを通じて、ふれあい、触発を受け、ビジネスでもアートで、生産的な事でもやっていく事が2010年代から2020年代以降のテーゼになると思っています。自分はジョブスを全く評価しないで忌避しているのは禅だからです。日本の日蓮仏法には「真言亡国、禅天魔、念仏無間。律国賊」とあって、日蓮仏法から見ると禅は天魔で、邪宗と破折される、と言う日本の非常に小さい世界の話ですが、そういう事なのです。自分も1990年代、法華経と禅の思想のちゃんぽんで1990年代乗り切りましたが、2000年に入って、Macintoshどころでは無くなったのは、人生の妙味であります。でも基本、禅か、法華経か、と言うのがテーゼの時代がジョブス以降の話になります。
最後にまとめ、としては仕事が落ち着き、思考回路が復調したらMacminiを買ってもいいな、と思います。DTP用途ではなくスマホアプリの開発に便利だと、アンドロイドのプログラミング教本に書いてあるからです。Androidstudioはwindowsでも走りますが、なんか、二バイトのディレクトリに対応してない、とかちょっと手間だったので、今はプログラムに手を出していないです。そもそも、自分がわざわざプログラミングする必要があるかというと、オタク的探求心でなくビジネスにすれば、仕様書をWINDOWSのWordで書いて、プログラマにお金渡して作ってもらう方が手っ取り早いです。別に仕様書や企画書もMacでないとダメか、と言うとそうではなく、世の中はWordや一太郎で書かれている文書で世の中回っているのです。あと1990年代のMacintoshDTP化で、デザイン事務所や各種印刷業で、切ない技術革新に付き合った経験からすると、MacintoshDTPというのは随分罪なイノベーションだったな。と思います。いいんだよ、写植でやりたいなら写植で、ってそういう印刷屋はまだあるし、逆に活版印刷なんかは景気がいいっていうし。自分はMacminiがCorei7で出たら買ってみようか、と思います。アップデートまで色々英検3級とかITパスポート・情報デザイン検定など、頭を磨く資格試験の勉強で予定が一杯です。
まとめとしては、まぁそろそろAppleを使い直す事も考えて行きたいな、と思います。昔とはまた違った感覚でOSXに触れてみたい物です。以上です。

【意見2
amazonの受け取りはコンビニ受け取りに極力しましょう

先日、デリバリープロバイダの物流会社に勤める中学の同級生から電話が来て、「アマゾンの配達やらないか?」と言う打診がありました。しかし、ツィッターや5ちゃんねるで、ヤマト運輸が撤退したあとのデリバリープロバイダの惨状を見ると、「いくら月収60万円でもおいそれとはやれない仕事」という印象でした。午前0時に再配達の事例も見られ、そこまで配達にしなくてはいけないのだろうか、と言う結論に達しました。私も数年前はアマゾンで正月にモノを買い、翌日宅急便で届いたことに驚きと感動を覚えました。「アマゾン、早いなぁ」と。でも2017年、ヤマト運輸の苦境が報道されると、ドライバーに再配達させるの申し分けないなぁ、どうしたらいいだろう、プライム会員になって曜日指定や時間指定がいいのか、でもプライム会員に成るほどアマゾン使っていないからな、とか思いました。結論はローソン受け取りでした。秋から、またアマゾンでキーボードやUSBケーブルなど購入しましたが、送り先は近所のローソンに指定して購入しました。今まで、コンビニで受け取れる、と言う方法があるのは知っていましたが、食わず嫌いで、自宅受け取りにしていましたが、コンビニ受け取りにすると、アマゾンの受け取りには、コンビニ受け取りがベストではないか、と思いました。まず時間指定などでも待ち時間というのが発生しますが、コンビニ受け取りには待ち時間というものがありません。到着予定日にスマホで店舗到着のメールが来るのを用事を片付けながら注意していればいいだけです。「配達こないなぁ」などと思いながら待つ必要が無いのです。ローソンならスマホでメールのURLをクリックしてバーコードを表示させ、店のスキャナでぴっとやるだけで受け取り成立です。配送のドライバーさんに申し分けない不在での再配達も発生しない、ちょっと自転車で近所のローソンに行くだけで時間のロスも無く、欲しいモノをさっと手に入れることができるし、配送会社の負担も随分減ると思います。今後、自分も軽貨物輸送の仕事で個人事業を充実させていくかもしれないから、まずはこの記事をここまで読んでいただいたアマゾンユーザーさんには品物の受け取りは極力コンビニ受け取りにしましょう、とアピールします。まだ、自分は軽貨物輸送の仕事やるかは未定ですけどね。

関連ニュースですが、春日部近辺の方には、一つの実験の情報が入ってきました。道の駅庄和で宅配便を受け取ろう、と言う実験ですね。

http://www.city.kasukabe.lg.jp/shisetsu-annai/category_search/koutsuu/michinoeki-showa/michinoekishouwa/showa_saihaitatsu.html

全国初 道の駅庄和で再配達の宅配便が受け取れます

と言う、イオンモール春日部でポスター見まして、「おっ」と思いました。あのインター近辺の方には新しい実験という感じ。佐川・日本郵便・ヤマト運輸でそれぞれの宅配ボックスを設置している様なので、今度暇なとき見に行ってみようと思います。

【同人誌創刊のお知らせ4】

文学賞なんか関係ないと言う地力の強い女性作家さんと仕事がしたい。

文学賞という権威がないと書けないものでしょうか。
世の中には、特に純文学という世界というかジャンルには、どこそこの新人賞で受賞して、作家デビューして、芸能人の女の子と付き合う夢を見ている若い人やもう若くない人が居ます。そういう人は私は敬遠しています。もう新人賞という権威付けなどは古いビジネスモデルだからです。今は、小説投稿サイトや同人誌即売会、KDPなど多種多様な創作・表現のプラットフォームがあります。デビューしたかったら、小説を書いて、サイトに上げるだけ。もちろん認知はかなり努力しないとダメですけれど。例え芥川賞を取っても、20年も経てば忘れ去られる作家も居ます。賞という権威を求めるのはメディアに受賞作家が出ていて、惨めな作家志望の若い人にはよく見えるのでしょうが、私はそういう高邁な作家さんには興味がありません。加藤諦三の言葉に「谷間の花」というのがあります。谷間に咲く花でも山道を行く人たちに「美しい花だ」と言わせる事は可能だ、と言う事です。苦労して山頂に登ってそこに咲く花で無くてもいいのだ、と言う事です。自分はこの言葉に感銘を受け、別に賞の高みを無理に登る必要はないんだ、と言う達観に達しました。小説を書き、それを人に読んでもらうのに、出版社の下読みさんに読んでもらう必要はないと言うことですが、別に目の前の一人が下読みさんでもいいとも思います。一人の人間の心を動かす、と言う事は多くの人に伝わる可能性があるのです。自分は1995年から2001年まで油彩画によるネットで表現活動で、アメリカで絵を贈ったら、2002年には評判を聞いて、金髪さんが久喜駅で私に話しかけてくる、そういう事態になったからです。賞を取るのは名刺代わりだ、と言う人もいますが、馬鹿馬鹿しいですね。名刺ならInkscapeでデザインして印刷屋で刷ってもらって、それを人に渡せば名刺になるでしょうに。どうも、家に閉じこもって、親に小遣いもらって、好きな本に囲まれて社会との接点は5ちゃんねるだけ、と言う人間には関わりたくないですね。自分のビール代くらい自分で汗かいて働いて稼ぐ事すらできない、ひたすら本を読んで、誰にも伝わらない小難しい言葉のボキャブラリーを増やして、出力する作品は、辞書がないと良く読めない、読んでも何を伝えたいのか不明、と言う不毛のサイクルに陥ってる人とは縁がないです。仕事で忙しくて小説を書いている暇が無い、と言う方がよっぽどマシです。どんな小説のプロでも読み手の生活まで影響出るような本を書く人は居ないわけです。孤独な労働者の心の隙間を満たすような、そんな気の利いた小説、それなら私は書ける、とは思いますが、本に囲まれて暮らすと言うのは、本は別に読者を責めも罵倒もしないで、本棚でじっとしているだけですからね、心地いい人にはいいんでしょう。私は落ち着きが無いから、本はそこそこにしてバイクで出かけますが。

以上の様に、Lilyは純文学の受賞には関係がない、とにかく書きたい、読んでもらいたい、と言う明瞭で簡単な志向に共感してくれる人を募集しています。

Lilyのコンテンツのコンセプト・基本方針
Lilyの編集方針は女性の為の女性作家の作品による同人誌です。自分の好みで判型は文庫サイズとなります。まずは電子書籍で発行し、その売り上げで紙バージョンを作り、文学フリマとテキストレボリューションにて販売の計画です。内容は女性の感性に訴える方針にしたいと思います。表紙絵はイチハラユウキさんにカバーイラストレーションを発注したいと思います。

Lilyへの参加の際の契約内容の特徴
●契約は一年に一回●著作権は1年間の買い取りで、出版社として出版権の縛りは1年間を除きありません●報酬は1号の売上が10万円までは紙バージョンの為のプール。10万円を超えたら1年間の総売上を参加者全員で均等割り、その後はブルーアイリスの利益です●発行は年二回にしたいです

創刊時期未定、創刊Ⅰ号の作品テーマは「高校生の放課後」

【読んだ本のご紹介】

物流大激突。先日本屋で見かけて、今自分も宅急便の物流センターにてアルバイトしているものですから、大いに関心がありました。読みやすいテキストで、集中して読めば1時間で読み終えてしまいます。自分も2001年から構内作業で物流関連に10年以上身を置きましたが、読んでみると「えっそうだったの?知らなかった」という情報が結構載っていて、買って読んで損はないです。例えばイトーヨーカドーのオムニ7の物流拠点が埼玉県久喜市にあるとか、オムニチャンネル化という言葉なの、読んで始めて知る情報がさっと読めるので、アマゾンで物を買っている人は読んでみると面白いかも。この本を読んで、また読む前から、今時代の変化の先駆をしているのは、アマゾンなど、EC物流を毎日、長時間勤務でこなしているセールスドライバーさん達ではないか、と思っています。時代の花形職業として、自分も軽貨物で参加したい、と思っています。ただ、プロ視点の人と話したら、「軽貨物はおすすめしない」そうですが、どうしようか。まぁまず車買って軽貨物のナンバー取って考えます。後書きに物流業界もイノベーターを待望していると言う。自分も軽貨物で個人事業を株式会社にしたい夢を見て、そこでイノベーションを起こせたら面白いかと思う。まぁやってみないとわかんないですけどね。まずは車の購入から、そこから始めるから。