KAWASAKIから2020年10月にニュータイプ専用の250ccバイクが出ます。

Ninja ZX-25R/KRTエディション 、うーむ。

昼休憩は昼ご飯を済ませてタバコを吸いながら、いつもスマートフォンでメールチェックやGoogleDiscoverで、なにか面白い情報があれば、と眺めていたりする。今日も検索履歴や閲覧履歴を元にGoogleのAiがヤングマシンと言う雑誌の情報ページを紹介してくれた。2020年の原付2種のスクーターの紹介記事だったが、ディレクトリを上がって、カワサキのミドルクラスの新製品の紹介記事を見て、読むと、「ムムッ」と思った。元記事URL→
https://young-machine.com/2020/02/14/73235/
この、上記の写真のNinjya ZX-R25R/KRTエディションのスペックをよく読んでみた。250ccで並列四気筒で、過給器っていうかラムエアダクト装備で(^_^;、倒立フォークで、トラクションコントロールで、実回転数上限17000回転で、タコメータのスケールは20500回転まで。(^_^;だって。最高出力馬力が、ZXR250を越えた47馬力(^_^;。このスペックを読んで記憶し、「なんかスゴイ250cc出るんですけど」と思い、休憩は終了した。いつものコンビニに向かう車上で、「これ、ニュータイプじゃないと限界まで使い切れないよな。普通の人が限界を公道で攻めたら死ぬな」とふと思った。さすが「き○がいマッハ」作ったメーカーである。あるいはタンデムツインのKR250とかH2とかH2CARBONとか出しちゃうメーカーである。250ccで過給器だよ。さすがにH2とかは私は絶対乗らない。天国に召されてしまうからな。でもそのテイストが96万円で味わえる一台である。これを全開で公道で乗れる人は多分A級ライセンス持ちで、プロライダークラスじゃないと機械の限界まで達しながら楽しむ事は出来ないのではないだろうかと思う。凡人は、限界に挑んだら、相当痛い目に遭うように思う。YAMAHAはここまでやらない。もっとフラットな、街乗りにもスポーツ走行も楽しめるような、穏やかな味付けにするだろうから、ここら辺でメーカーの志操の違いが楽しめるな、と思う。このZX-R25が比較的に長く生産し続けられるなら、私は買って見たいと思う。もう若くはないさ、と「いちご白書をもう一度」の歌詞が思い浮かんでしまうけど、このマシンを乗りこなす為に、身体感覚や反射神経を鈍らせない様にすれば、きっと私もまた、「公道のニュータイプ」の称号を得られるような、そんな気がする。ニュータイプにはふさわしいマシンだと直感する。2020/02/24

片岡義男は2017年当時の78歳(当時)でもジーンズとコットンシャツを着ている。2020/02/22

http://oskasyounenn.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/by-d59e.html

昨日、ふと気がついた事で、目を通した二つの情報がある。一つは、1993年に神保町のモントークというジーンズブティックで手にれた、Livi’sのカタログである。それと、Youtubeで「片岡義男」と検索して、出て来た、片岡義男全著作電子化のトークショーの映像である。1993年、曙橋のデザイン事務所でアシスタントデザイナーの職を得て、少々潤沢な給料があったので、神保町の三省堂書店と書泉ブックマートの間にある、小さめのビルの1階と2階にあったMontokeと言うジーンズが主体のブティックでジーンズでLivi’sの510などを購入して着ていた。「次ぎはUS505を買おう」と思ってカタログを入手していた。そしてそのカタログは中島家に50年存在している本棚にしまわれたまま長い年月が経った。掘り起こしたのは数年前、20年以上、タイムカプセルに入れて埋めていたようなモノだった。そして、1993年当時のLivi’sの製品のジーンズのラインナップが、今とは比較にならないほど豊かな世界だったことが解る。今のLivi’sの製品ラインナップを見ると、以前の異常な501セールは収まったモノの、1993年から比べるとバリエーションは4分の1くらい、そして値段も四割増しの1万円越えで、ちょっと購入を躊躇する。片岡義男の話に戻すと、その動画を見ると、2017年の映像だったが、当時78歳で、ジーンズとサーモンピンクのコットンシャツをラフに着こなして、トークショウで話をしていた。その映像の冒頭を見て、「もうスゴイ年だろうに、ジーンズ履いている(^_^;」という印象だった。そして、「さすが片岡義男だ」とも思った。2020年、81歳である。講談社が発行している、文芸雑誌の「群像」にたまに1年半に一回くらい、片岡義男の新作の小説が載る。読んでみる。そこで読んだ感想を今言うと、「クリントイーストウッドが、『運び屋』で老齢の麻薬の運び屋を演じる様な物だな。予告編で『ダーティハリー』の映像をカットインさせていたけど、88歳はそれなりの役回りがあるものだな、それと同じだ」と思っている。「スローなブギにしてくれ」や「湾岸道路」や、さらに遡ると、平凡出版のPOPEYEの「片岡義男のアメリカノロジー」のコラムの世界は、ある程度カタルシスの世界として、時系列の奥の方に行っている。あの当時POPEYEを読んでいた高校生は今61歳とかOver60である。時の流れもしょうがないと思わないのが、今でも片岡義男はジーンズを履いている、と言う事である。私は、ジーンズが難しくて、チノパンばかり履いているが、その映像を見て、「やっぱり505を履くしか無いや、大宮で買おう」と思った。そして、この記事では、私は片岡義男を片岡義男と呼び捨て続ける事に確信を持つようになった。片岡義男も中島英樹(Blueiris)も、同い年の32歳のバイク仲間だ、と思う。絶対の確信を持って、片岡義男は、「片岡義男先生」とも「片岡義男さん」とも「片岡御大」とも呼ばれる事をNoと言う人物であろう、と映像見て革新している。81歳でも52歳でも同じ32歳で、バイク乗りだ、バイク仲間なんだから、お互い呼び捨てにするほどのバイク仲間のままだ、と思うので、この固定ページでは、延々と片岡義男、と呼び捨てる事に、疑念が無くなった。そんな所だ。2020/02/22

原付バイクでは限界なので、125cc以上400cc未満の自動二輪の購入を考えております。2020/02/22

上からSRX400、YZF-R15、KTM RC125。どれにするか悩んでいます。2020/02/17

東京の連中の妨害やはしご外しが無ければ、私は多分2020年末くらいに、原付二種あるいは小型自動二輪、あるいは普通自動二輪のオートバイというモノを手にする事が出来るだろうと思っている。そういう計画である。なぜ50ccの原付スクーター、HONDA Todayを卒業する気になったか、と言うと、毎日の通勤で、国道16号を走るにあたり、原付では限界がヒシヒシと感じられる様になったからである。朝・夕の国道16号は片側2車線で、その車線間の中央をバイクで走るととても快適である。乗用車・トラックは軒並み渋滞するが、バイクはお構いなしに進む事が出来ると知った。国道16号でも流れる時は順調に流れる。その時追い越し車線を原付で走るのは無理があると、毎日思いながら左車線でゆっくりした速度のトラックの後ろについて、ゆっくり走ったりもする。少なくとも原付2種以上400cc未満のオートバイなら追い越し車線を、乗用車と同じ速度かそれ以上で走っていくことが出来ると実感している。つまり国道の片側二車線の道路は原付にはもう無理だ、と思う様になったからだ。原付では、片側二車線、右折レーンがあれば、交差点付近は3車線になるが、そうなると法令上二段階右折という面倒くさい事態になるのだ。千葉県の柏市で、初めて二段階右折をしなかったと言う事で、罰金を払う羽目になって、そこでやっと「原付は片側二車線以上は二段階右折すること」という放法規を知る事になった。自動車教習所で一応授業はあったと思うが、自動車免許を取る事で一杯で、原付に乗ることは想定していなかったから、覚えていなかった。それ以来、春日部近辺の主に国道で片側二車線の部分では、二段階右折すると言う運転になったのだった。そういう蓄積もあったし、昔の倉庫勤めの時、やっとお金を10万円作って、春日部自動車教習所で普通自動二輪の教習を開始したのだが、長年の抗精神病薬の投与で、運動神経が服薬前のそれとかなり違っていて、アタマで思っているほど、身体も反射神経を追いつかなかったので、一本橋の教習でつかえたまま、お金がなくなり、一旦普通自動二輪免許を取得することを諦めた経緯がある。なぜその時普通自動二輪免許を取ることにしたかというと、吉川市の倉庫の奴隷労役よりも、バイク便ライダーになった方が良かろうと思ったからだった。やがて、建設現場で体重を90キロから73キロに減らし、大分心身の回復が行われたので、もうちょっと反射神経を回復させて、普通自動二輪免許をなるべく順調に取得したい、と言う機運に向けている。普通自動二輪免許を取得したら、私はYAMAHAのSRX400のセル付きの後期型とかⅡ型と呼ばれるバージョンの、メカニカルの塊の様に感じられるシルバーの中古車をなりふり構わず欲しい、と思った。タミヤのプラモデルのSRX-6のキットの写真を見ていたので、「これこそバイク」と思った。バイクの王道だろう、カウル付きなど邪道、キックだとかったるいけど、せめてセル付きで、くらいの感覚で、SRX400の購入を考えていた。値段も198000円くらいから298000円くらいから流通している。つい先週くらいまでは選択肢はない、と思っていた。でも、「125ccくらいで、エンジンの限界までぶん回し続けるのも悪くないかな、昔NS1でそうやってたわけだしな」と思った。125㏄で国産、国内流通をしらべても、125㏄~150㏄では、まだスクーターがメインで、ミッション車はあんまりかっこよくないユーティリティバイクみたいなのが、HONDAあたりから出ている。モンキーとかそういう感じのとかそれに類するもの。YAMAHA・KAWASAKIは出していない。最近のニュースでは、 「GSX-R125 ABS」と「GSX-S125 ABS」 と新しいラインナップが出て、ようやく自分の望む昔のレプリカっぽいラインがある。でも私はSUZUKIは昔のKATANAかRG-Vガンマ位しか食指が動かない。RG-Vなんてもう2サイクルは、22世紀にでもならないと販売されないだろうから、考えてもしょうがない。ただSUZUKIの取り組みでHONDA・YAMAHA・KAWASAKIが昔のレプリカブームくらいの、力の入れようで125cc~150ccクラスで元気なヤツ出してくれれば非常に嬉しいなぁと思っている。そんな中で、NS-1と同じテイストのフルカウル125ccのレーサーレプリカを出しているメーカーがあった。KTMである。KTMのRC125は側面からの写真で見ると、昔のレーサーレプリカ風で、そそられる。値段も30万前後、ただ、オーストラリアのメーカーでカラーリングが黒とオレンジの1パターンしかないのが難点だ。しばらく乗ってカラーリングに飽きたら、専門業者に頼んで、オールペンし、桜花意匠のブランドロゴをカッティングシートで作成して、桜花意匠オリジナルバイク、なんてカスタムを施してもいいかもと思っている。それよりも以前、近所のウェルシアで、オーナーの人と話した、私はエポックメイキングな車両がYAMAHAのYZF-R15である。最初にウェルシアで見た時、「なんだこのYZF、日本のヤマハのWEBでは見たことないぞ」と思った。150ccのYZFである。オーナーの人に話しかけて、輸入車だと知った。どうも海外のYAMAHAの製品らしかった。2週間前検索してみると、インドヤマハの製品でYAMAHAのYZF-R15が、日本でも流通している。中古は出玉がかなり少なく、新車ばかりで大体30万円より少し上かな、と言う感じだ。スタイリングもYZF-R25に割と準じている。YZF-R25は60万円超になる。2020/02/22の心証では、SRX400よりもYZF-R15に決まっている感じである。一番の理由は、中古のバイクを買うと、あちこち壊れて結局新車を買うのと同じ値段になる、と、以前、値段でHONDAのDioを購入して、2年ほど乗って、マフラーが詰まったとか、タイヤがすり減ったとか、Dioは2サイクルで割とエンジンは挙動が不安定で面白かったけど、それに懲りているので、新車で、7~8年、メンテナンスで重要な修理が必要無い購入をした方が、長い間不安無くバイクに乗れるのではないか、と思った。Dioは失敗だったので、借金してTodayの新車を中国製と諦めつつ購入して、それで今4年ほど満足している。乗っていて壊れそうな不安と言うモノが無い。思ったように動いてくれる。でも最初に言ったように原付では限界である。だから、次ぎの125cc以上400cc未満の自動二輪は、新車の方がよろしかろう、と今は思っている。SRX400がSRの様に生産し続けられていれば、間違いなくSRX400の新しめの中古を買ったろうが、もう部品はないであろうから、インドをマーケットとして、新車を生産し続けているYZF-R15の方が、7年から10年安心であろう、と言う見込みである。上記の写真で見てもらうと解るよりに三つともどれも魅力的である。でも私は趣味とビジネスの両方を満たす為にバイクに乗っているので、スマートフォンはdocomo一択であるのと同じように、安心感を高い値段を出して獲得することに、最近気兼ねが無いようになった。それでいいと思っている。2020/02/22

ブタペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年展 国立新美術館

一月末に、秋葉原に源泉徴収票を受け取りに行くとき、時間調整で入谷の合羽橋道具街を見て、上野駅に向かう途中に、この美術展のポスターを見た。「あ、こんなのやってたんだ。国立新美術館か、盲点だった」と思い、即座に行く事にした。今日、2020/02/14に、乃木坂の国立新美術館に行って見ると、これが大当たりで、まったく混雑していない。ハンガリーというと、まぁ人はこんなもんだ、と言う事になる。これがゴッホとかルノワールとかモネとかになると、もう人の後頭部見る為に館内に入るようなものになるので、今回はタイトルに救われた。おかげで上記の女性や以前見た、元カノとかにも会えた。この一枚で、ブルーでもパープルに寄った、微妙な紫を気に入るようになったわけだ。図録は3300円とちょっと高いけれど、来場者ががそんなに多くは見込めないのだろうから、ロットが少なめで高額になるという事は印刷業のセオリーであろう。
国立新美術館は千代田線乃木坂駅に直結の美術館である。と言う事は必然的に千代田線か、かなり歩いて日比谷線の六本木駅からのアクセスになるのだけれど、もう私は東京の街並みなどに興味もないから、乃木坂駅で降りて、そのまま国立新美術館に入り、見終わって、購入し、地下一階のアートショップや3階のアートライブラリーを見学して、ダッシュで千代田線、北千住で乗り換えて、東武スカイツリーラインで春日部まで、片岡義男のメインテーマ2を読みながらの電車になった。東武スカイツリーラインの西新井から越谷・せんげん台まで車窓をちらりと眺めると、かなり東京化というか、東京化と言うヒエラルキーの中でも、下層レベルのコンクリートのビルとマンションが多くなった。私が小学生・中学生の頃に見やった、日光街道の街道沿いの街並みが越谷まで、破壊されていって居る。この記事を書いていても、昔の東武伊勢崎線の沿線は、なんだか、ごちゃごちゃした世界で、人が住んでいる個性があったけれど、マンションがいくつも建つようになって、嫌悪感を覚える。だから私は東武スカイツリーラインはほぼ全く乗らなくなった。東京でも、可能な限り、湘南新宿ラインを使う様にしている。そっちの方が、まだ、見慣れていない部分もあるので、比較的新鮮だし、例えば品川に用事で行くときなんかは、大宮で上野東京ラインに乗ってしまえば、40分、読書しながらぴゃーっと品川や大崎などに着く。いままで地下鉄でチマチマ行くことをほぼ省くようになった。去年、建設現場の仕事で半蔵門線の使い方は覚えたけど、今は不要のスキルだ。乃木坂に行くのだって、そんなことを考えながら、電車に乗っている。2020/02/14