「思川鉄道物語」と「印象、トーキョーサクラトラム」を出版しました。2021/01/04

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今日は現場はちょっと雪がちらついていたけど、先週の土曜日の朝ほど冷え込みはきつくなかった。ハイウォッシャーという高圧洗浄機のホースが凍らなかったからだ。帰りにスマホで色々な情報を得る。「バブル崩壊秒読み」とか読むと、「早くバブルほうかいしてくれないかな、ビジネスチャンスが一杯生まれるから」と思ったりする。ドコモ光を叩き切るために色々考えて、「あ、こうしよう、決定」という事項もあったかな。色々なニュース見ると、「東京の大企業様は大鑑巨砲主義の連合艦隊沖縄特攻モードに突入されたようだ」と、戦線の後方の基地から2式大艇で、観測しているとそう思える。ここまで書いて、日本国にたとえば「Nationalasset法(国と国民の為の資産法)」という法律があればいいな、と思う。例えば、NTTと言う会社が日本国の通信網を管理・運営しているのだけれど、これをナショナルアセット法で、「通信網は国と国民の為の資産で、NTTさんは、それを利用する一つの業者にすぎません」と言わせてしまう法律。とか、「日本の鉄道網は国と国民の資産なので、JR各社はその資産を運営・保守するに過ぎません、第三者企業も参加して構いません」とか「日本の郵便流通や、簡易保険や郵便貯金のシステムは国と国民の為の資産なので、日本郵政や旧郵政省の企業はそれに参加する一企業に過ぎません」とか、国と国民の資産と、それに付随する株式会社には一定の線引きをした方がいいのではないか、と埼京線と東武野田線に乗って家に帰って結論が出た。まぁ提唱しても、永田町は採用しないと思う。だから、どうでもいいや(^_^;。俺はもっと小さな伸び盛りの企業のインフラ使う様にするからいい。航空機攻撃であえなく撃沈されて沖縄の海に沈んだ戦艦大和みたいな企業が一杯でて今までの虚飾が全て剥がれて欲しいのでバブル崩壊を期待している、と言う事だった。2021/01/12

今日(2021/01/11)は祝日で、建設現場は一応動くのだけれど、100パーセントの稼働率ではないようなので、今日は私は休みになった。おかげで整理しなければならない事の50パーセントは出来たように思う。「中島英樹(Blueiris)鉛筆素描集第一期」の再編集をやっているウチに、「ああ、また鉛筆素描からやり直さなければ」みたいに思って、2018年頃までの比較的新しい鉛筆素描+コピックの描写を見ると、「ああ、随分画力が落ちているな、またやり直しだ」とつくづく思う。毎日一枚やりたいけど、朝4時に起きて、帰宅が19時半で、メシ食って風呂入って、10時前後に寝る、と言う生活になると、絵を描く気力が出ない。朝日印刷に勤めていた時は、自己裁量で17時から家に帰ると油絵+画力の向上、と言う取り組みが出来た。2002年に統合失調症化攻撃を受けて、2005年に中古の2万円のパソコンでADSLでネットに再接続して、丸和運輸機関などの倉庫の派遣でしのいで居たときも、かろうじて、鉛筆素描をコツコツやれた。でも、今は毎日定常的に絵画や創作に取り組める環境ではない。3月にもしかしたらやっぱり建設現場を謝礼を持って去って仕事を変わるかもしれない。でも、やっぱり毎日定時に定常的に絵を描く事は難しいと思う。過去のその良かった時期を再現しようとしても無理なんだなぁ、と思う。昼働いて、夜、自分の事業や絵画などは出来ない。今度は、数日創作に取り組んで、他の数日1日中仕事、と言う風に切り換えるしかない。当分その数日創作に取り組んで、と言うのはない。今の環境だと。でもそんなに焦っていない。個人事業+創作が、一定のビジネススタイルの段階を越えたからだと思う。随分模索して、一つの形に少し落ち着いたけど、これだってまた状況が変われば、事態に応じてカスタマイズしていかなければならない宿命にある。今日、だから昼から少しゆっくりした時間があったので、Youtubeやdアニメストアを見たけれど、動画に何も触発されない自分が居る。単に映像と音声が流れて居るだけで、ほぼ信用できない、とか鵜呑みに出来ない映像情報ばかりなので、ザッピングして、ウィンドウを閉じておしまい。いつも楽しみしていた、河合奈保子の過去のテレビ映像の集大成みたいな動画はブックマークして、作業用BGMにしてたのだけれど、今日見に行ったらアカウントが停止を喰らっていた(泣)。新しく出る河合奈保子のブルーレイを買うしか無くなった。お金ないので、いつか、と言う楽しみになるのだった。あと南野陽子の写真集も欲しいな。イラストの参考になる。イラストの参考になる女性は「河合奈保子の19歳二十歳くらい」「南野陽子」「薬師丸ひろ子の若い頃」「原田知世の若い頃」とか、あと誰だろう、一応写真集で買ってもいいか、が「早見優」とか「岡田奈々」とかかな。原田知世で思い出したのが、月刊NewTypeのインタビュー記事で、「愛読書は片岡義男さんです」の一言があったから、片岡義男の文庫を数冊、春日部市立図書館で借りて読んだ、と言う記憶が甦った、私の片岡義男趣味は、平凡出版の「POPEYE」の「片岡義男のアメリカノロジー」の連載と、原田知世のその一言があったからです。それでは。2021/01/11

Today (January 11, 2021) is a holiday, and the construction site is moving, but it doesn’t seem to be 100% uptime, so I took a day off today. Thanks to that, I think I’ve done 50% of what I have to sort out. For me, who is re-editing “Hideki Nakajima (Blueiris) Pencil Sketch Collection Phase 1”, I thought “Oh, I have to start over from pencil sketch”, and I thought that it was a relatively new pencil sketch + Copic until around 2018. When I look at the description of, I think, “Oh, my drawing power has dropped a lot, and I have to start over.” I want to do one piece every day, but when I get up at 4 am, come home at 19:30, eat a meal, take a bath, and go to bed around 10 am, I don’t have the motivation to draw. When I was working for Asahi Printing, I was able to work at my own discretion to improve my oil painting and drawing skills when I returned home from 17:00. Even when I was attacked by schizophrenia in 2002 and reconnected to the Internet with ADSL using a used 20,000 yen personal computer in 2005 and was dispatched to a warehouse such as Maruwa Transport Agency, I barely survived. I was able to do pencil sketches steadily. However, it is not an environment where I can constantly work on painting and creation every day. Maybe in March I will leave the construction site with a reward and change my job. However, I think it is difficult to draw pictures on a regular basis every day. I don’t think it’s possible to recreate that good time in the past. I work daytime and can’t do my own business or painting at night. This time, I have no choice but to work on the creation for a few days and switch to work all day for the other few days. For the time being, I’m not saying that I’ll be working on the creation for the next few days. In the current environment. But I’m not so impatient. I think this is because the sole proprietorship + creation has gone beyond a certain stage of business style. I searched a lot and settled down a little in one form, but even if the situation changes again, I am destined to customize it according to the situation. Today, so I had a little slow time from noon, so I saw Youtube and d anime store, but I’m not inspired by the video. It’s just video and audio, and it’s almost unreliable, or it’s just video information that can’t be swallowed, so zapping and closing the window. I bookmarked a video like Naoko Kawai’s past TV footage that I always enjoyed and used it as background music for work, but when I went to see it today, my account was suspended (crying). I had no choice but to buy the new Naoko Kawai Blu-ray. I didn’t have the money, so I was looking forward to it someday. I also want a photo book of Yoko Minamino. It will be a reference for the illustration. The women who can be used as reference for the illustrations are “Naoko Kawai’s 19 years old and 20 years old”, “Yoko Minamino”, “Hiroko Yakushimaru’s youth”, “Tomoyo Harada’s youth”, and who else, even if you buy it in a photo book. I wonder if it’s “Yu Hayami” or “Nana Okada”. Tomoyo Harada remembered in a monthly NewType interview article that he said that he borrowed several books from Yoshio Kataoka’s library and read them at the Kasugabe City Library because he said, “My favorite book is Yoshio Kataoka.” My hobby, which revived my memory, was the serialization of “Yoshio Kataoka’s Americanology” in “POPEYE” published by Heibon Publishing, and the words of Tomoyo Harada. Well then. 2021/01/11

1月7日から建設現場の仕事が始まって、まぁ全く更新することも、新しいデータを作成することも当分出来ないから、このままでいいや、って思った。Googleアナリティクスで見ると、じわじわというか、かなりの数の新規ユーザが200パーセントの伸びで増えてるんで。アメリカなんか毎日200パーセントの伸びなんだよな。外国の都市からの方が集中的にアクセス数増えてるんで、日本より世界という感じになる。ただ、一応何時になるか解らないけど、また2冊、セットで新しいデータをリリースしたいと思っている。2セットのウチ、「橋の上の人々」+「若草と風と青い空」、あるいは「中島英樹(Blueiris)鉛筆素描集第一期」+「ニッケルイエローvol1~5合本再出版版」のどちらかだろう。こう書くとまた邪魔が入るから、いつまでとか言え無いんだよね。そのウチ、機運があれば、新しいデータをリリースするくらい、ぼんやりとした予告にしか出来ない。いま、家で振り返ると、22歳でデザイン学校行って、大日本印刷市ヶ谷工場からメタ+マニエラに行った時点で失敗だった、と思う。この30年、ほぼ徒労に終わった。秋葉原のゲームセンター「ゲームinファンファン」でアルバイトや社員のまま無名のままインターネットやってりゃ、25年は時間を浮かせる事が出来て、今日、このWEB表現をやっていたと思う。もっと不愉快な全国ブランドの企業の集団ストーキングを受ける事も無く。あの頃はゲームだけじゃなく、あらゆる方向に好奇心を持っていたので、今も好奇心はあるけど、春日部から以南は東京圏になってしまったので、もう見るべき人間はほぼ居ないから。当分、何か新しい記事は書かない。放置。データが出来たらリリースで更新記事を書くで、自分の事業にいそしむよ。 2021/01/10

なんだ?結局、「去年、こうしたい」から去年じゃ無い、2019年からだ。「印象、トーキョーサクラトラム」を書いたのが、母親が亡くなって、赤羽のDNPの罠にはまって、柏のおもちゃの倉庫とかで、間が開いたから書けた作品だった。足かけ二年半で「印象、トーキョーサクラトラム」を公開することになった。5ちゃんねるとかの俺のファンの名無しは待ってました、になるのだろうか。「思川鉄道物語」は、本当はコミックで表現したかったストーリーで、ネームの一部を描いた記憶がある。でも、マンガを上達している時間がないので、小説に転化して表して、カクヨムで発表したんだよね。カクヨムでのタイトルは、カクヨム編集部とKADOKAWAに言われない為に、「想川鉄道物語」としたけど、今度は機芸出版社に黙認を貰う為に書くと、私の母方は大正時代から国鉄の家系なので、必然的に私も小学生の頃から鉄道少年でもあった。機芸出版社の「鉄道模型趣味」を随分買っていて、その中の記事で小学生の私が心を奪われた記事が、レイアウトコンテストで優勝した、「思川鉄道」というナローゲージの制作の記事だった。これを42年も記憶してて表現するのだから、三つ子の魂百までなんで。記事を確認したくて、執筆前に、国立国会図書館にバックナンバーのコピーを取りに初めて国立国会図書館に行った。今となっては懐かしい思い出だ。「印象、トーキョーサクラトラム」は2019年に、派遣会社に言われて、都電荒川線の熊野前にある荒川年金事務所に夏のお手伝いで、行った時、人生で初めて都電荒川線を通勤に使うと言う経験で、都電荒川線沿線の面白さを観察していたから、ぱっと、「思川鉄道物語の次は都電荒川線を舞台にしよう。文芸印象主義で、見た光景で思い付くままに書いてみよう」と言う事だ。この作品は、文藝春秋社のなんかのエンタメ系の文芸賞にも応募した。「印象、」とつけたのは、古典主義の東京の出版社に対する決別の意味で、「印象、」とつけた。クロード・モネの「印象、日の出」が元ネタのタイトルだ。文芸印象主義の高らかな第一作、と思って発表をやっと出来るから、かなり自分の画家としても小説家としても満足だ。これだ妨害があってもそれでもやる。諦めない。妨害する人間が滅亡して死んでいなくなるまで、耐え続け、コツコツ粘り強く積み上げていくつもりだ。表紙の水彩画を二枚描いて、もっと水彩画を描き続けたい、と願っても、仕事しないと借金を返せない、生活できないだし、今のトドメは、さっきYoutubeで見たけど、一都三県で緊急事態宣言が発令されることはもう99.9パーセント確実のようなので、1月9日からどうなるかだ。建設現場は、現場の内容に拠るけど、緊急事態宣言下でも、仕事は滞る事が無いように思う。三密では、私の現場は全くないので、コロナ確率がオフィスビルや繁華街よりエライコロナ確率低いからだ。さて、永田町がまた私の自由な活動に制限かけそうなので、アップロードを急いだ。12時間でここまでやった。そして、明後日からまた朝4時起きで、建設現場で働いて、また時期を見て、カクヨムに上げている、「橋の上の人々」とか「若草と風と青い空」とかもリバイバル出版したいと思う。いつになるか、解らない。コンスタントに発表しつづける様になったら、とりあえず仕事変わった、って思って下さい。
2021/01/04
中島英樹(Blueiris)

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〈補足〉
ここまで書いて、ホッとしたけど、スマホでどう見えるか、二作品をスマホのPDFで読んだけど、「なんか自分で読んで、すっごい面白いんだけど。よく書いているよなぁ。今はここまで書けないよ。あれあれ、校正しなきゃいけない箇所一杯あるけど、今日はもう修正する気力無いな」でした。ここまでやって、今までの過去作品や、今プロットや構想のメモ書きで、いつかは準備して、いつかは執筆な作品って、何作品あるだろう。かるく中・長編で6作くらいある。その中でも、時期とか機に恵まれる時間があったら、手をつけるのが「赤いハイヒール」だ。文字数は電子書籍だから関係ないけど、1万5千字くらい書いて3年停まっている、春日部を舞台にした、「甘酸っぱい」青春恋愛小説だ。今日発表した「印象、トーキョーサクラトラム」にも出てくる「にゅるるん」てBetaちゃんねる中毒患者がクライマックスに出てくる。「にゅるるん」を軸にすると、「印象、トーキョーサクラトラム」は実は「赤いハイヒール」の続編となる。それと、春日部市を舞台にした小説というのは、「赤いハイヒール」で一回打ち止めにする。もう春日部市は小説の舞台にできそうな魅力的な土地ではなくなったからだ。魅力的ではない土地にいつまでも慣例で、住処を置く気はない。おととしの暮、常総市の人たちにヒントをもらって、本当なら、今頃常総市にアパートを借りて、常総市を舞台に小説書いたり、DXのための事業を始めたり、とかって2019年の12月には、そう思っていた。ところが野田市の東京の物流センターに勤めてたら、5月に緊急事態宣言など、なんだか、金も稼げず借金も減らすことなく、アッという間に一年がたって、なおかつ才能を殺されかかるというドツボにはまったのだから、今後もわかんないけど、はっきりしているのは、「春日部市を一旦捨てて、新しい非東京圏で生活して、非東京圏で事業を育てていく、という事だ。非東京圏で成功して、それから散発的に春日部市でも創発的な事業を0からやっていくと思う。それには春日部市がぺんぺん草も生えないような、東京圏の辺境の棄民の土地の中で、新しい苗木を植えると言う事だ。どんなに広告で春日部を広告しても、最初のウチだけで、あとは廃墟のような世界になると思う。それで良い。為政者がその程度だから。そういう無能の為政者達が居なくなってから、過去の土地にも花を咲かせよう、と言う事で、春日部市にも創発的アイデアを出していくかな、と今は思っている。春日部市に住んでいて、春日部市の事業を行おうとすると邪魔が入るのは、もう春日部市が東京圏に飲み込まれた、と言う事だ。自分の父親は、板橋区の貧民窟のアパートから、よく52年前に、春日部市に一軒家を買ったものだと思う。昔の東京都と春日部から北の非東京圏の地方の丁度中間の境界線の土地で、どっちも良く観察出来た、と言う事で、春日部に育った事は、自分には大いにプラスだった。でも東京圏になった、と思うのは、東京からコロナを運んできて春日部でまき散らした春日部都民が大分増えたり、クレヨンしんちゃんなんて、世界的アニメの地になっちゃ、おしまいだ、と感じるからだな。春日部を離れるとスッキリする様になったから、そのウチ春日部を離れて新しい山に登る方がいいと思っている。働きながら色々情報を仕入れたり、考えたりすると、一杯革新的なビジネスアイデアが浮かぶ。でも東京圏だと邪魔が入りまくるので、出来ないから。アタマの中のアイデアが形になるのが嬉しいと言うのは私が画家でデザイナーで、小説家でもあるからだ。
そんな所だ。

2021/01/04

〈近況〉
2冊、やらなきゃやらなきゃって思ってた本を出版して、頭の中が少し整理されたので、今度は次の事を考えられる様になった。今日はもうその他の色々な事を考えたりしてて、次の二冊「若草と風と青い空」と「橋の上の人々」の表紙ラフを描く気力を無くした。ちょっと一太郎で、その二冊のデータを読み返したりしたんだけど、校正的に、例えば、「」を行頭に持って来ていなくて、行頭一字明けとかやっている。デザイナー修業の時はテキストは写植・版下屋と出版社の校正任せだったわけだから、「なるほど、こういう勘違いをしていたのか」と、改めて自分の不勉強を恥じる時間もあったりする。あと、色々今までのデータを整理してみると、失われたデータと思ってたデータがバックアップとして丸々発掘出来たりしたので、例えば、ニッケルイエローなんかは、2021年の私のDTPデザイン技術で、もっとちゃんとした電子書籍データにして、このサイトで李パブリッシングする事は可能だけど。昔のツィッターやMIXIで声掛けた人の99パーセントはもう連絡取れない。どうしようか、と悩む。2012年の話で、9年前だ。9年で99.9パーセントの創作志望の人達は私の視点のネット上では消滅している。そんなもんかな、と思う。ニッケルイエローに関しては今は保留で、鉛筆素描のデータが、というか古いデータはミンナFinderとかリソースフォークとかのファイルのフォルダも一緒に入って居るんで、Macintosh使ってた時代からのデータが発掘されている。Adobeのイラレとかフォトショのファイルもそのまま出てくるのだけど、この辺はどうしようか、悩むというか、しばらく考えないけど。
あと、国道16号走ってても、今日もララガーデン春日部から帰ってきても、「あのブランドのマークの入ったトラック、また停まっているよ。集団ストーキングだな」と思う。もう視界に入れないように心がけている。昔、ブランドというのは良い製品に対して生まれたモノだった。良い製品を生み出す企業にくっついたブランドというイメージ情報だった。今、それが形骸化して、企業イメージだけが喧伝され、無学な人間がそのブランドを信仰して、それを元に会社をまとめている、と言う宗教団体のスローガンみたいになっているなぁ、とこの10日間の総括で思う事。もうそうなると、例えていうなら、「5ちゃんねる止めて、フェースブックやれば?」と5ちゃんねらに言っても無理。もうそう言う脳みそで固まった人間達になに言っても無理。やってみせても無理。真似出来ない。無理無理。もう関わらないのが一番。日本が滅びるまで。滅んだあと、「どうしたらいいでしょう?」と聞いてきたら、「こうしたらいいんじゃないですか」とそこでようやくホントの事が色々な人に言える様になると思う。そう言う時代になるまで、しのぎつつ、創作と事業を、創発的でチャレンジャブルな人とかと協業していくかな、と思う。まぁここでそう書くと、また妨害にあって、また、時間が有効度下がって過ぎていくようになるのかもしれない。春日部じゃ、行く先々で、集団ストーキングを受けている様な気がしている。家から出て、電車に乗って、現場に行く。他は視界にいれない。と言う仕事生活をしばらく続けると思う。集団ストーカーは、スマホでスタティックに、ストーキング情報を見続けて、5ちゃんねらと同じように単一思考で、私の視界にトラックや、行く先々で、私と口を利かないように、奸計の言葉を吐き続けるような気がする。いいもん。飛び越えて、海と空すら飛び越えて、そこで出会った人たちに、「ホントのコトバ」を出すようにしていくから。

あと、コロナだけど、ララガーデン春日部で本や靴を見て来て思うけど、「今の時間、ララガーデン春日部に来ている人って、コロナウイルスに掛かるような人たちってどういう人間か、って理解してて、緊急事態宣言あんまり関係無いように感じて居るのでは?」と感じた。テレビばかり見てるから、マスコミにコロナ恐怖を植え付けられている様に、町に出ても電車に乗ってもそう思う。電車の中でマスクしていないとキチガイを見る目つきで見られるとか、集団圧力とか感じるので、マスクをして通勤していく。緊急事態宣言下で通勤電車を使う、と言う事は座って通勤出来る確率がぐーんと上がるのかな、と、もうそう言う風にプラスに考えて、しばらく生きていきたい。明日から仕事で、今日は、1日日延べになったから、他にも色々考える事を思い出した、と言う事だ。そして、今日一日、行動して、自分のプラスになった、と言う事だった。

どんどん、振り切る感じなる。4式戦疾風がP38振り切る様に、RX78がゲルググやザクを振り切る様に。昔、視界に入れた人間は、私の味方以外は振り切る感じ。振り返って、「こうしたらいいですよ」と言っても聞かないか、職場で別に企業顧問契約を結んで、現場改善の指導をしてくれ、と企業の社長に言われたわけでは、私の人生で、ほぼないので。春日部の田舎の印刷屋の朝日印刷だけじゃないかな、社長にMacintoshDTP一式任されたのと、他に人間がいなかったから、伸び伸び自分なりのビジネス構築やれたのって。その時期だけが、様々な意味で、世の中でイイ感じだった。でももう再現できないし、振り返っても過去は変えられないから、未来に続く現在でベストを尽くしていくしかない。

2021/01/06

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